いつでも、どこでも、どんなふうにでも、体のどこでも、少しでも、自由に動かす。
それが自由体操です。
タイトルの、、、
今日「始めない」
には、次のような気持ちが込められています。
始めたものはいつか終わるので、「始めよう」なんて思わずに、ただ「する」と心がけてください
始める → 続ける → 止める → また別のことを始める、、、
人間はこのサイクルを繰り返します。
人間には「飽きる」という感覚があるからです。
ビリーズブートキャンプ、ロングブレスダイエット、カーヴィーダンス、、、
エクササイズは、非日常的であればあるほど、すぐに飽きます。
でも、ヨガはブームで終わりませんでした。
私は15年ほど前、日本のヨガブームが始まる直前に、友人が主宰する「ヨガ教室」を手伝っていました。
なんと、当時はまだ「オウム真理教」がヨガを教えていたという悪影響が残っていて、「ヨガ教室」に使わせてもらえる場所はなかなか見つかりませんでした。
アメリカで「ピラティス」を学んできた友人はそこで、不動産屋さんに言いました。
友人「ピラティス教室をやります」
不動産屋「ピラティスってなんですか」
友人「ピラティスというのは、ヨガみたいな、、、あ」
不動産屋「、、、」
でも、「マドンナがヨガをやってる」といった「おしゃれ」なイメージが広まり始めたこともあり、ヨガを知っているバレエスタジオのオーナーさんが場所を提供してくれました。
その後のヨガブームに乗って自由が丘「フロースタイル」は生徒さんを順調に増やしていきました。
そして、結果としてこの「ヨガブーム」は「ブーム」で終わらず、ヨガは日本人のライフスタイルの一つとして定着しました。
なぜなら、ヨガのインストラクターは「自分のできる範囲でいいですよ」と言ってくれるからです。
ある意味、ヨガは、
適当でもいいんです。
ヨガの先生は「他人と比べないでね」とも言います。
ある意味、ヨガは、
自己流でもいいんです。
だから、続けられるんです。
だから、ブームは終わりませんでした。
ヨガを習った人たちの多くはおうちでも(適当に?)ヨガをします。
ヨガは非日常でなくなりました。
本日の読売新聞の朝刊にこんな広告が載っていました。
広告にこう書いてあります。
三日坊主でもいいんです また始めればいいんです
なるほど!
始めて、止めても、また始めればいいんですね。
この本、以前から気になっていたのですが、買い忘れてました。
すぐ買います。
買ってすぐ読みます。
今はまだ読んでないので多くを語れませんが、
イラストを見るかぎり、ずぼらとはいえ、それなりにヨガっぽいポーズです。
(このブログの自由体操人たちより、ちゃんとやってます)
こうも書いてあります。
完璧にできなくても できる範囲で 1歩だけでもやってみる
でも、それもできなければ、つまり、「ずぼら以下」の人には自由体操をお勧めします。
ある意味、「ずぼらヨガ」は自由体操の上級編です。
逆に、自由体操は「ずぼらヨガ」の準備体操だとも言えます。
以下引用は、Amazonより抜粋。
「本を作る上でもっとも重視したのは、内容を最低限のものに止めることでした。心身が弱っている人でもできるレベルの、メンタルヘルスを整えるための最低限の運動を紹介する本にしたかったんです」(担当編集者の深川奈々さん)
しかし、入院レベルのうつ症状だと、本を開くことさえおっくうになりますし、開いたとしても内容が頭に入ってきません。
(経験者が語ってます。私ですが)
「ずぼらヨガ」さえできないときは、まずは自由体操を心がけてみましょう。
著者ももともと、心身の不調で悩まされていたところにヨガと出会い、回復した経験があるのだという。
「ずぼらヨガ」には「自律神経どこでもリセット!」というサブタイトルが付けられていますが、「ずぼらヨガ」はメンタルヘルスを整えるだけではありません。
運動不足の解消
痛みや凝りの解消
アンチエイジング
ロコモ予防
ダイエット
どれにも効きます。(読者の方から感謝の声続々!)
自由体操もそうです。
「ずぼらヨガ」を始めて、続けて、もし止めても、また始めて、やがて、
「ずぼらヨガ」のページを開かなくても、
いつでも、どこでも、「ずぼらヨガ」が自由にできるようになれば、
「ずぼらヨガ」はあなたの自由体操になります。
そうなったら、もーっと、もーっと、続けられるどころか、
もう一生止めることはないでしょう。
何度でも始めることができれば、始めても良さそうです。
まだ読んでないけどお勧めします。
ずぼらヨガ
ヨガブームは去りませんでしたが、
ヨガのインストラクターだった私の親友はこの世を去りました。
メンタルのトラブルを感じたら、なるべく早く専門医に受診して下さい。
そして、誰でもいいから、少なくとも誰か一人を頼って下さい。