自由体操~人生100年時代の今日「始めない」すごい健康法

心がけるだけでだるさも痛みも運動不足もぜんぶ解消

頭の自由体操「人生の差法」② ~ 「認知行動療法」は意外と難しい

まじめにやらない

「体の自由体操」には「やり方」がありません。
「やり方」があれば、その通りに動かそうとする「まじめ」な人間が現れます。
「まじめ」は継続の天敵です。
なにを隠そう、私も「まじめ」です。
「3秒で吸って7秒で吐く」という「やり方」が書いてあれば、時計を見ながらでないとできなくなります。
私はそういう人間です。
すると、それがめんどくさくなります。
矛盾するようですが、「まじめ」だけど「めんどくさがり」という人はけっこう多いです。
本物の「くそまじめ」なら、テレビで見たとおり、ガイド本の図解どおり、指導を守り抜き、そして続けるでしょう。
しかし、私くらいの「うそまじめ」はすぐに続けられなくなります。
「○○のとおり」やるのがめんどくさいので続かない。
でも、自由体操には「○○」がありません。
だから、続きます。
なんでもいいんです。
でも、「なんでもいい」と言われると「なんだかわからない」人もいます。
そこで、この「自由体操ブログ」が生まれました。
このブログの「体操カタログ」というカテゴリーでは、
「なんでもいいけど、こんなんでもいいですよ」という「例」を、
多彩な「自由体操人」たちが紹介しています。
GIFアニメは今をときめくイラストレーターの小池アミイゴさんが描いてくれています。
その一方「頭の自由体操」にはちょっとした「やり方」があります。
それは「コツ」です。
「なんでもいい」を「する」ための「コツ」です。
私たちの思考や想像力は無限です。
そのため「自由に考える」はあまりに広すぎます。
大海原にひとりぼっち、どころか、大宇宙にぽかんと浮かぶようなものです。
そこで使うのが一人乗り宇宙船のような「ツール」です。
それに乗れば、あなたは「思考」や「感情」の宇宙空間を自在に動き回れます。
それが「差法」という「コツ」です。
「頭」と「心」を動かす自由体操。
それが「差法」です。

 

うつ症状が重いと「認知行動療法」は、けっこうきつい

5年ほど前のある日、体の自由体操がいつの間にか自然発生していたのと同じ頃に、もうひとつの自由体操も生まれました。
それが「頭の自由体操」です。
私はそれを「認知の体操」とも呼んでいます。
当時、カウンセリングを学んでいた私は「認知行動療法」でこんな疑問にぶつかっていました。
「こんな難しいことを、うつ症状の人にやらせていいものか?」
私が難しいと感じたのは、「認知行動療法」の「ホームワーク(宿題)」でした。
「認知行動療法」は、うつなどの気分障害、精神疾患の治療に用いられる心理療法です。
「認知行動療法」には「自分の行動や感じた気分を毎日きちんと記録する」という宿題がありまます。
しかし、うつ病なら「なにもやらなかった/なにもやる気が起きなかった」という記録しか書けない日もあるでしょう。
そんなことばかり書いて、うつ症状が改善するとは思えません。
それゆえ「認知行動療法」は症状の重い人には施しにくい、という指摘もあります。
「認知行動療法」は「ちょっときつめのトレーニング」で、回復期向けの療法と言えます。
がんばればできます。
でも、うつ症状の人に「がんばれ」は禁句とも言われます。
めんどくさそうなのです。
私ならやりたくありません。
「認知行動療法」は、論理性の整備された優れた心理療法ですが、めんどくさそうな点は「玉に瑕」でした。。
(※「認知行動療法」は、健康保険の適用がある「標準型精神分析療法」として、2013年当時、唯一特定されていた精神療法です)
「認知行動療法」というハードなトレーニングを始める前の、軽い「準備体操」、略して「認知の体操」、なんていうのがあってもいいのではないか。
私はそう考えました。

「認知」は、「認知症」から思い浮かぶ「記憶力」だけでなく、思考、考察、理解、判断、解釈、物事の受け取り方、感じ方などを広く表しています。「認知症」という病名が広く一般に浸透し、「物忘れ」がその初期症状として知られているせいで、「認知」=「記憶」と思われがちですが、もともと「認知」とは「直感や感性ではなく、自らの知識によってものごとを理解する」という意味なのです。要するに「考え方」のことです。

「認知の体操」は「考え方を柔軟にする体操」です。

 

気分を「ずらす」

私は「認知の体操」として使えそうな、うつ病患者の心の負担が軽そうな心理療法を調べてみました。
幸いなことに(?)、私は経験上、うつ症状の重い場合にその療法をできるかできないか、容易に推測することができました。
意外なことに、準備体操のような「軽い」療法はありませんでした。
たとえば、有名なマインドフルネスは「目の前の対象に集中する」のですが、うつが重いとそれは困難です。
近頃は、健康な人の間でマインドフルネスが注目されているようですが、「さもありなん」です。
他に、ネーミング法というのもありました。
こちらは「目の前の対象に命名する」という療法です。
もちろん、どんな名前でもいいんです。
たとえば、電柱に「でんたろう」と名付ければ良いのです。
でも、散歩しながらずっとそんなことしていたら健康な人でも気が狂います。
ましてや、うつ症状があればまず無理です。
(※現在、「ネーミング法」は使われていないようです。検索にヒットしません)
ないなら、作ってみようか。
私は自分で「認知の体操」を考えることにしました。

試行錯誤を重ねるうちに私は、ある「思考法」にたどり着きました。

それが「差法」です。

「さほう」と聞くと、礼儀作法を思い浮かべるかもしれません。
「差法」と「作法」は正反対と言えるほどちがいます。
「差法」は、いつでも、どこでも、誰でも、かんたんにできます。
「差法」は、いい加減な気晴らしです。
「差法」は、痛みやつらさから気持ちをそらす「注意転換法」です。
気晴らしや気分転換できるのなら、読書からギャンブルまで、どんなことでも「注意転換法」です。
一般的な「注意転換法」は気分をそらしますが、「差法」は気分を「ずらし」ます。
「差法」は目の前の対象から目を背けず、正面から向き合います。
ただし、「真正面」ではなく、少しずらします。
合気道にも「ずらし」の技がありますが、「差法」はそれによく似ています。
「いなす」とも言えます。
「差法」も、「マインドフルネス」や「ネーミング法」と同じように目の前の対象に注意を向けます。
そして、ずらします。

(つづく)