自由体操~人生100年時代の今日「始めない」すごい健康法

心がけるだけでだるさも痛みも運動不足もぜんぶ解消

いま話題の習慣化 ~ たった一つのコツはこれ!自由体操も掃除もそれ!

「習慣化」が注目され始めている

注目されると多くの意見が飛び交い、事の本質が見えづらくなります。

そこで今日は、あえて単純化して考えます。

「習慣化」とは「続ける」です。

ただそれだけです。

世の中すべての「習慣化」は「続ける」と言い換えることができます。

「続ける」が注目される。

なんか変です。

なんで「続ける」なんてごく当たり前のことが注目されるのでしょう?

それは、、、

「続ける」の大切さが再認識され始めた。

と言い換えることができます。

大切なのは分かっているけど、改めて注目しているのです。 

継続は力なり

私たちは「続ける」の大切さを昔からよく知っています。

その大切さが再認識される背景には、

わかっちゃいるけど続かない

があります。

ダイエットはその代表格です。

 

続けるにはいったいどうしたいいのか?

いま多くの人がその答えを探しています。

 

その答えは、このブログのタイトルにあります。

そうです。

始めない

これが「習慣化」の唯一のコツです。

このコツさえつかめば、なんでも続けられます。

いやいや、これだけでは意味がわかりません。

非常識にもほどがあります。

では、順を追って説明をいたしましょう。

 

「やる気」には限りがある 

始めるためにはなにが必要でしょう?

そうです。

やる気

です。

やる気にならなければ、なにも始められない。

常識的にはそうです。

常識的にそう思っている人は、つねに多くの機会を失っています。

いま、この瞬間もおそらく、ホントはできることをしていないでしょう。

 

生活の質(QOL:quality of life)を高めるためには、行動しなければなりません。

人生とは「行動の結果」そのものです。

素晴らしき人生を送るには、活動量を増やす必要があります。

 

哲学者は「なにもしていない」のではありません。

椅子に腰掛けてじっと動かない哲学者の脳みそはものすごい速さでフル回転しています。

 

一流の哲学者や一流のアスリートは二流のそれより活動量が多いのです。

人生は「質より量」です。

やったもん勝ち

です。

 

やる気にならなければ、なにも始められない。

生活の質(QOL:quality of life)を高めるためには、この「常識」をまず打ち破る必要があります。

では、順を追って常識を打破しましょう。

さて、

「やる気」を出して始めたものは「やる気」がなければ続きません。

運動だろうと学習だろうと、なんだろうと、なにかを始めるために私たちは多かれ少なかれ「やる気」を出します。

「やる気」は、しばらく出るでしょうが、遅かれ早かれ出ない日がやって来ます。

「やる気」は、密林の奥の聖なる泉のようにこんこんと湧き続けるものではないからです。

 するしかない

無重力の真空状態、つまり宇宙空間では一度動き始めたものは永久に動き続けます。

地球の引力を振り切って宇宙空間に飛び出した宇宙船は、燃料が切れてもそのまま宇宙を飛び続けます。

隕石にぶつかったり、ほかの星の引力に捕まったりしない限り、宇宙船はひたすらまっすぐ宇宙空間を飛び続けます。

 

「物体に外部から力が働かないとき、運動しているものは運動を続ける」

これを、「運動の第1法則(慣性の法則)」と言います。

 

でも、私たちの日常生活は「外部からの力」に満ちあふれています。 

 

風邪 雨 寒い 暑い 忙しい 眠い 飽きた 疲れてる 飲み過ぎた だるい めんどくさい 会議 子守り デート、、、

ただなんとなくやる気が出ない

 

日常生活には「外部からの力」が働きまくっています。

「やる気」というエンジンを吹かして「活動」を始めた宇宙船は、「やる気」という燃料が切れたあとも少しは「活動」を続けます。

しかし、すぐに様々な「外部からの力」がぶつかってきて、やがてその「活動」を停止させられます。

その日は、必ずやって来ます。

意外と早くやって来ます。

世間一般にその日は3日目が多いと言われています。

その日は、「とりあえず1回お休み」かもしれません。

でも、その「とりあえず1回お休み」は、ほとんど「永遠のお休みの始まり」となります。

 

「やる気」を出して「始めた」ものは必ずそうやって終わります。

 

「始める」は「終わる」の始まり

です。

 

ですから、

「始める」がなければ「終わる」もありません。

だから、

始めない

 「始めない」代わりに、

ただする

そうです。これです、、、

JUST DO IT. 

 

国産初の国民的スナック、それは 

私は自由体操を始めませんでした。

それは、勝手に始まっていました。

 

自由体操のきっかけは「o, はじめに」もどうぞ。 

 

「自由体操とは」もご一読頂ければ幸いです。

 

私は6年ほど前のある日、肩こり解消のために、ネット上で話題になっていた「あべこべ体操」を始めました。

もちろん「やる気」を出して。

「あべこべ体操」はその名の通り、自然な動きに反するところが特徴で、かんたんなようで意外と難しいのです。

くそまじめな私は、その「やり方」を一生懸命覚えようとがんばりました。

でも、「やり方」を正確に覚えられなくて、「めんどくさい」という「外部からの力」が働き、「やる気」が出なくなりました。

 

「やる気」を出して「始めた」のですが、「やる気」が出なくなったので、続かなくなり、終わりました。

 

ところがです。

私は、当時まだ5才だった娘を遊ばせるために、公園やプールに良く来ていました。

すると、することがないんです。

当時はまだ、スマホを持っていませんでした。

新聞を読んだりしてましたが、なんだか物足りないんです。

手持ち無沙汰でした。

すると、、、

私はいつの間にか、適当に体を動かしていました。

それはもう「あべこべ体操」ではありませんでした。

「あべこべ体操」を止めたつもりの私は、いつの間にか、毎日少しずつ適当に体を動かすようになっていました。

 

もう、なにも参考にしていません。

完全に適当な自己流です。

やる気はまったく出していません。

始めていません。

続けていません。

始めていないので終わりません。

続けていないので私は自由体操を止めません。

 

村上春樹さんは「走ることについて語るときに僕の語ること」のなかで、

走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはある

 と語られています。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 
しかし、自由体操にはやめるための理由がスプーン一杯分もありません。

受験勉強以外はなんでも三日坊主だった私がいまもやめていません。

 

自由体操は「かっぱえびせん」です。

やめられない、止まらない。

 

人はそれを「惰性」と言う

日常生活で、めんどくさい、と思うことにはすべて、この

始めない

を応用できます。

始めない代わりにどうすればいいでしょう?

そうです。

ただする

私は、部屋の掃除によくこれを使っています。

 

掃除はめんどくさいです。

めんどくさいことを始めるには多少のやる気が必要です。

でも、私の中からはいくら待っても掃除をするためのやる気が出てきません。

つまり、放っておけば、私はいつまで経っても掃除を始めません。

そこで、私は「16:45になったら掃除を(自動的に)する」ということにします。

「ただする」の予約

です。

そして、(だいたい)その時間になると、私はやおら掃除機を持ち出してきて、掃除をします。

あくまでも「掃除をただする」のであって、決して「掃除を始める」ではありません。

掃除中も「ただする」です。

すみっこのほこりがどうしたこうしたとか、そんなことは考えず、ただ無心で掃除機を動かします。

そんなこと考えても考えなくても、仕上がりは似たようなものですから。

やがて、適当なところで、掃除は終わります。

そのときも、もう少しこっちもとかあっちもとか、いろいろ考えず、いつもどおりに終わります。

これを毎日繰り返すことを、人は、、、

習慣化

と呼びます。

私は「始めない」と「ただする」を使って、めんどくさい掃除を習慣化しています。

このように、あまり深く考えずに適当に「ただする」ことを、人は、

惰性

と呼びます。

ちなみに、上記「運動の第1法則(慣性の法則)」の「慣性」のもう一つの呼び方は、「惰性」です。

 

最後にまとめますと、、、

「習慣化」のたった一つのコツは「始めない」

続けたいなら、「始めない」で「惰性」で「ただする」

 

「ただする」でいろんなことをたくさんして人生を豊かにしてください。

 

そろそろ「16:45」なので私は掃除を、、、

 

 

記事はいつもながら私見です。

医学的な定義とは異なるかもしれないことをご承知置きください。

 

自分で自由に体を動かす人がひとり増えれば、日本がひとりぶん元気になります。

2020ならまだ充分に間に合います。

自由体操で動かしましょう。